p a c a p a k o t o p a r i s

ぱ り で か く れ ん ぼ

c o u l e u r

そういえば、門をはいったところに立ってアルコール・スプレーもしてくれる二人の守衛さんのあいだを通り過ぎたあと、こんなふうな会話が聞こえたのだけれど、気のせいかな。

 

 

「ね、先生じゃないみたいでしょ」

「あー、うん」

 

 

 

 

* * *

 

パコさんから譲りうけた Mac 、コロナ禍もずっと活躍してくれたけれど、ついに、iMac を新調した。自分としては、意外な色を選んだ。何色にしたでしょうか。

 

* * *

 

はじめてロシア語の学習教材を購入した。

 

* * *

 

ホン・サンス監督の『イントロダクション』と『あなたの顔の前に』がもうはじまるころになっていた。

 

このひと月はどこかとっちらかっていた。

7月はどんな月になるかな。

 

 

眠くてまぶたが落ちてくる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みちばたのこどもたち

改札を出て、ふう、あとすこしで帰宅だ、といつも通りの道をゆく。

いつもより多い人のあいだを通りぬけてすすんでゆくと、ちょうど前方からやってきた小学校中学年くらいの子どもたち三人とすれちがった。

すれちがいぎわ、そのなかの一人が声をあげて、叫ぶようにこんなふうにいったのが聞こえた。

「いたみっていうのは、だいじなさいしょの合図なんだって!」

平日、夕方もすぎて19時になるくらいの時間だったかな。

 

 

 

それから平日の昼間、いや、午前中のこと。

商店街のパン屋に行ったらしまっていた。あらざんねん、とそのままぼんやり歩いていると、父娘で二人乗りの自転車がよろよろと横を通り過ぎる。通り過ぎる前から、父親の背後で、小学校低学年くらいかとみえる女の子が何やら叫んでいたようだった。父親に不満があるらしい。叫んでいるのではなく、何かを訴えているのだった。よろよろとした自転車が通り過ぎるそのあいだも、ずっとおなじことをくり返すので、声はやがてかたちとなって届いた。

「おとおさん、おかあさんにお金かえしてよ! 自分の欲しいものはぜんぶ自分のお金でかって!ね〜え〜、おとおさん、ちゃんとおかあさんにお金かえしてよ!」

 

 

じつはさいしょは「おばあちゃんに」ときこえていたのだけれど、「おかあさんに」だと途中でわかった。いや、でも、両方いっていたのかな。

 

 

小さな娘を背後に乗せて、がにまたでゆっくり自転車をこぐ半笑いの父親は「いや〜、え〜、ぜんぶ〜、むりだよ〜」とよろよろとしてみえた。娘は「おとおさん!」といっては、身をくねらせて、父親の背中をたたくようにかさわるようにかペタペタと片手で触れるのだった。

 

 

 

 

さいきん子どもたちがよく大声で言葉を投げ出しているようなきがする。

 

 

 

 

 

今年度は土曜日に授業があるのではじめてのサイクル。

 

すぐ慣れるという気もしていたけれど、意外とまだなれていないような気もする。

 

 

 

そういえば今朝も足がつったなあ。

 

 

 

 

『シン・ウルトラマン』のあとは、映画館に行くのはいろいろと時間が差し迫っているのでしばらくはとにかくがまんだ、ときめこんでいる。

 

 

でもBlu-rayやDVDはちょっとなら、みてもいいですよ。

 

 

ロメールの四季の物語のうち『恋の秋』をみたのがとてもよかった。おどろいたのだけれど、はじめてみたような気がする。四季の物語はぜんぶみたことがあるとおもいこんでいた。作品を見ておいてすっぽり忘れることは私にはわりとあるのだけれど、今回きっと、はじめてみたのだろう、とおもう。すばらしかった。

 

ひさしぶりにブニュエルもちょこちょこ。

 

 

 

 

ぐるぐるすうっと

数ヶ月に一度の洗濯機の槽洗浄の音を聞くのはだいたいいつも夜。

洗濯機の回転にまきこまれるようにしてすうっと眠りたい。

 

 

ビールが身体にあわないことはだいたいわかったのだけれど、たまにのみたくなる。

パコさんが留守の日にちょっとぐっとのんでみたら顔だけでなく喉の下まで真っ赤になってしまった。

 

(パコさんがいる日には、ちょっとぐっとのんだりはしないかというと、そういうわけではなくて、やっぱり気が向いたらいつでもちょっとぐっとビールものみます)

 

 

さいきん物事のとらえかたがずいぶんかわった。そんなふうにおもう。

 

 

 

夢のなかの目覚め

なくしたピアスはみつからないまま。

きんじょの雑貨屋さんで購入したとてもちいさなピアス。

 

ちかごろ足がつりすぎて、疲労感もぬけないな、とおもっていたら、組合の会議中に眠りこけてしまい、なんとか目が覚めたところで、隣にいたひとに、ダメですよ、とそっと注意されてしまった、……という、あまりよいとはいえない夢を見た。

 

その夢の会議はどういうわけか、座敷でおこなわれていた。みな椅子ではなく、畳の上にすわっているようだった。眠りこんでいた私はなにか布団のようなものに顔をうずめていたような気がする。会議中なのに、そんなことがあるの。

 

それにしても、夢のなかで眠気とあらがってなんとか目覚めるなんて、そんなことははじめてであるような気がする。みた夢のことはだいたいわすれるわけだから、ほんとうにはじめてだとはいいきれないけれど。

 

 

 

 

 

夜にかけこみで映画『シン・ウルトラマン』(庵野秀明総監修、樋口真嗣監督、2022)をみた。

全体は地味なよそおいなのに、ポイントとなるショットや細部のつくりは鮮やかで、なんともみていて心地のよい映画だった。

はじめは謎に感じた異様に低い視点からのカメラワークが、子どもがみあげる角度と似ているのだと気づいたところから、たのしさが増した。もちろん、謎のカメラワークは低いものだけではないのだけれど、いずれにしても、どこかピュアなまなざしを感じた。

奇妙な演技をする俳優陣をそろえて(西島秀俊斎藤工長澤まさみ)、だれが主役ということでもないのがじつによい。『ウルトラマン』ってすごいんだなあ、とおもった。

 

『シン・ウルトラマン』ですこし疲れが癒やされたような気がする。

「癒やされる」というわりと苦手な言葉を使ってしまった。

……やっぱり疲れてたんだなあ。

 

 

 

 

 

 

かたつむり、ではなくて 🐌

さいきんになって、毎朝あしがつるようになったのはどうしたわけか、いろいろと考えてみて、いちばん納得のいくこたえにたどりついた。足首がかたつむり、ではなくて、足首がかたすぎるのだ。

 

 

足首を二ヶ月くらいできっと柔らかくしてみせよう。

 

……あまり大きく出てはいけないよ。

 

 

 

足首を二ヶ月くらいですこし柔らかくなるようにしてみよう。

 

 

 

 

 

「かた」、と入力すると候補に「🐌」がすかさず示される。なぜだろう。

 

 

 

 

 

かたつむりでおもいだした、紫陽花の季節。

大学構内のあまり大きくない水色の紫陽花が首を伸ばすように咲きだしてているのを眺めたばかりだった。

 

 

 

 

授業ですこし使用しようかしらとおもって久しぶりに『ムード・インディゴ』の冒頭15分をみた。

 

 

それから、先日上映していたのをみのがしたのでうちの小さなPC画面で青山真治監督の映画『Helpless』をみた。

蓮實重彦氏は、かれの作品を見直そうとおもったけれど、「涙にくれて」まともにみられなかった、そしてその理由は個人的な記憶からというのではなく、かれが「いかに孤立した映画作家だったかという思いに、改めて目覚めたから」だという。

とうてい私の想像のおよばないおもいを語る、『週刊 読書人』での追悼の言葉をおもいおこしつつ、私なりの追悼の時。

 

 

 

なくし、みつけ、なくす

なくしたとおもっていた髪留めはなんのことはない、事務室に問い合わせるまでもなく研究室の床の死角に転がっていた。みつかるというのはうれしいことだ。みつかるというのは、わかるというのとはちがっていて、さっぱりしたものだ。

 

帰宅がおもったよりも遅くなって、靴をぬぐなりぐったりしてしまった。パコさんは留守だ。食事の仕度をしたりするあいまに、ピアスを外していなかったことに気づいて耳を触って手でたしかめた。いつも帰宅後すぐに着替えるので、ピアスはさいしょにはずす習慣があるのに、くたびれていたせいで、めずらしくそれをしていなかった。気づいたのだけれど、すぐに忘れて、食事を終えてひとしきり落ちついたところで、あらためて気づく。気づくといってもちょっとちがったふうに。あれ、さっき触った方の耳のピアスがない。着替えたときにひっかかって落ちたのだろう。よくあることだ。だから着替えるまえにかならずピアスははずすのだから。なくしたのは帰宅後の出来事ということになる。

 

 

でも、ここまで書いた文をよみなおすと

前後関係がいまいちよくわからない。

私はいつ気づいたんだろう。

着替えるのはいつもどおり

すぐに着替えた。

ピアスをしたままであることに、気づいたのはほんとうのところはいつだろう。

耳で触った方のピアスはほんとうになくした方のピアスだったのかな。

 

 

どこにいったの、

ピアスと

そして

シリコンキャッチ。

 

 

いちにちおきになくしものするとは。

 

なくし

みつけ

なくす

 

みつけ

なくし

みっけ

 

 

 

まぶたがかってに

目に蓋をするので

 

きょうはおひらき。

 

 

 

ねがいのむこう側

もう暗くなるころ通りかかった公園で男の子が両手を合わせて頭を下にぐっと屈めて

「どうか宝くじが当たりますように!」

と叫んでいた。

 

 

 

リモートの会議の最中に、とつぜん wifi がきれた。パソコンの不調でOSを初期化したばかりだったのだけれど、再起動したら、今度は画面が真っ暗になった。初期化したことで真っ暗になることはなくなったとおもっていたのだけれど、そうでもなかった。

 

 

 

ここ数日、毎朝足がつるので、「毎朝足がつる」で検索を何度もしている。ヨガ風ストレッチを以前よりもたくさんするようになって数ヶ月たったような気がするけれど、そのせいもあるのかなあ。それにしても、ストレッチをたくさんするようになったとはいえ、そう簡単には身体は柔らかくならない。

 

 

 

 

公園で頭を下にぐっと屈めて男の子が祈りの言葉を叫んだとき、べつの男の子がじゃれつく子犬のようにその子にからみつくようにくっついていたような気がする。暗くて影になってそんなふうにみえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

スクリーンの幅と奥行きのこと。

映画『ユリイカ』のイメージをときどきおもいうかべている。

 

 

 

 

 

 

 

木曜日に、廊下で落としたのか、大事にしていたはずのちいさな髪留めをなくしてしまった。

あした、事務室があいていたら、届いていないかきいてみよう。

 

 

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