p a c a p a k o t o p a r i s

ぱ り で か く れ ん ぼ

うとうとと、更新。いつもはなすようにはなすように

 

 

大したことはしていなくても、運動量が多いとしだいに耳が重くなってくる👂

 

4月からの授業方法のことでいろいろと悩ましい。なんとなくわかってきたのは、オンライン授業と対面を組みあわせるという、準備はたいへんでも身体的負担をやわらげるやりかたを選択をするほうが、自分の体調的には比較的安全だろうということだ。

 

とても眠い。

 

ふりかえると3月はフランス映画にはじまった。ギヨーム・ブラック監督のドキュメンタリー映画『宝島』をついにみた。ギヨーム・ブラック監督らしいあたたかな眼差しを感じる。あたたかな眼差しが、自分にもあればよいのに、と幼いころにいつも思っていたことを思い出させるようなあたたかな眼差し。映画のなかの数々のイメージ、子どもたちの言葉、うごき、若者たちの笑顔、いくつも、いくつも浮かぶ。

2月に『ジャン・ドゥーシェ、ある映画の批評家の肖像』をみるついでにジャン=ベルナール・マルラン監督の『ジェエラザード』(2018)(ネット配信だと邦題は『ジェヘラザード』)をみて、その独特のスピードに煽られたのか、久しぶりにフランス語の映画をものすごくみたくなった。時間もあったので、セルジュ・ボゾン監督の映画でイザベル・ユペールが主演の『マダム・ハイド』(2017)、そしてアルノー・デプレシャン監督の『ルーベ、嘆きの光』(2019)と続けてみることができた。『ルーベ、嘆きの光』は、パリにいるデプレシャン監督、そして青山真治監督と坂本安美さんの三人のトークを Zoom 画面を通してたっぷりときけて感激だった。通訳さんも見事で刺激になった。『ルーベ、嘆きの光』には、プロの俳優は4人しか出ていないという。驚くけれど、警察官の台詞や間合いなどには明らかに違和感があったことが納得できる。監督は、ほんとうの警察官たちに、脚本にあるのとはちがったふうに、いつも話すように話すようにと指示を出したとのことだった。

 

いつもはなすようにはなすように

 

映画はどれもおもしろく、フランス語を聞いているのがたのしいとあらためて思った。

坂本安美さんの企画にもうかれこれずっと感謝しつづけている。

坂本安美さんをたまに見る(あるいは見かける)機会があると、世界が映画になったような気がして高揚する。

 

せっかくフィリップ・ガレルの『涙の塩』(2020)が上映されるというのに、チケットを手に入れそびれた。チケットにまだ残りがあって購入できる日は、もう授業がはじまるので時間的に行けない。無念。フィリップ・ガレル、私には欠かせないというのに。

そして、見逃していたのを今回はしっかりおさえて、小森はるか監督の『空に聞く』、そして、不意打ちのようにすばらしかった『佐々木、イン、マイマイン』も滑り込み気分で見にいったのだった。まだやっているかもしれないけれど。

 

3月、つまり今年度の最後は、ようやくみにいった『プリズン・サークル』(2019)となりそうだ。ぎりぎりの時間に席に着いたとき、坂上香監督の上映前の短いトークがはじまっていた。監督がそのとき語っていたとおり、『プリズン・サークル』は、「囚人もの」というよりも、もっと人の孤独にくいこむような内容だった。私はなんだか見ているうちに、普段しまわれている内的情景がこみあげてきて、胸がつかえた。砂絵のアニメーションもすばらしかった。

 

あとは美術展をすこし。その話はまたにしよう。とても眠い。

 

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