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ぱ り で か く れ ん ぼ

沈まぬ亀でいたい 🐢

青山真治監督の訃報。

 

ちょうど国立映画アーカイブに到着後、一階の休憩所の椅子に腰掛けようとふと目をやった斜め後ろの知らない男性の手に、監督の分厚くまるっとしている新刊『宝ヶ池の沈まぬ亀 ある映画作家の日記 2016-2020』があった。そのまま腰掛けてツイッターをひらいたらタイムラインに、監督の訃報。目にとびこんできた。ショックだった。そのままの状態でアリス・ギイ作品集、はじめてみた映画の黎明期の女性の監督によるすばらしい作品があっというまにおわった。字幕は坂本安美さんがなさっていた。

 

いつだったかと、あらためて手帳を確認したところ2021年3月5日、ユーロスペースで、アルノー・デプレシャン監督の映画『ルーベ、嘆きの光』の上映があり、上映後、デプレシャン監督と青山監督と坂本さん、そしてデプレシャン監督の通訳の四人によるオンライン・トーク・セッションを聞くことができた。おだやかで、にこやかで、青山監督がたのしそうにしているようにみえた。私にとって感慨ぶかい時間だった。

 

 

 

帰宅後、読まずにおいた、とよた真帆さんのコメントを検索してみつけてよんだ。

よんで泣いた。

 

監督は自分の妻を「女優」と呼んでいたっけ。

 

 

 

 

映画『空に住む』をみたのは2020年10月23日だった。はじめのシーンがとてもすきだ。宇宙服にみえた。宇宙と水の不思議な時間イメージ。青山監督が頻繁にリツイートしていた、浅野忠信さんの絵にすこし似たところがあるような気が、今になってしてくる。

 

浅野忠信さん、なんていって「さんづけ」していても、ざんねんながら、知りあいではありません。坂本さんも、ざんねんながら、知りあいではありません。

 

そういえば、浅野忠信は子どものころから俳優をしているうちにすばらしい画家にもなっていた。

 

 

 

 

青山真治監督の作品ではじめてみたのは映画『シェイディー・グローブ』(1999)で、この映画をみてから、信頼のような、安心感のようなものを、かれの作品に感じるようになっていったような気がする(もちろん観客として)。どうしてなのかな、と思い出すと、なんとなくその理由がわかるような気もする。そうはいっても、みたことない作品もどうやらたくさんあるみたいだ。機会を待つ。

 

 

 

 

 

 

留学時代の後半から終盤にかけてのひたすら辛かった時期に、くりかえしみていた予告篇が二つあって、一つは犬童一心監督の映画『グーグーだって猫である』(2008)だったのだけれど、もう一つは青山監督の映画『東京公園』(2011)だった。とりわけ榮倉奈々がすばらしい。そう思っていたけれど、そういえば、『宝ヶ池の沈まぬ亀』には、監督が榮倉奈々を絶賛する記述があったっけ。当時、両方とも、本編はみたことはなく、なんども予告篇をみていた。『東京公園』の予告篇が公開されてからずっとみていたのだとおもう。今リンクを見つけた予告篇は画像が落ちるけれど、当時は公式ページからのものだったのだろう、画質ももっとよかった。

 

 

youtu.be

 

 

映画『空に住む』の岩田剛典のまなざしに、何度も何度も三浦春馬のそれをおもいだしたのはわたしだけではないのではないかな。この映画をみたあと、青山監督は、岩田剛典という俳優のもっている、存在に自分以外の者を宿らすことのできる不思議な力をみごとにひきだしていたのかもしれない、とかってに解釈したりした。

 

youtu.be

 

 

監督の映画はとてもていねいで、うつくしい。光がいっぱいで、死の影はやさしい。

 

 

 

 

 

更新せずにいると、また気づいたら時が過ぎてしまうとおもって、なんとかたかたか更新。

 

 

 

 

 

ジャンヌ・モローが監督した『ジャンヌ・モローの青春期』(1979)をみて、そのあとレオス・カラックス監督の『ポーラX』(1999)をひさしぶりにみた。

 

 

『アネット』公開まであともうすこしだ。

 

 

 

 

 

 

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